1. 冠動脈の包括的機能評価
~心筋血流定量の現状~
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・紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

1. 冠動脈の包括的機能評価 ~心筋血流定量の現状~

座長

松本 直也 先生
日本大学

福島 賢慈 先生
福島県立医科大学

演者

立石 恵実 先生
国立循環器病研究センター

冠動脈疾患診療の変遷
包括的機能評価の意義

 冠動脈疾患(CAD : coronary artery disease)診療の歴史を振り返ると、長らく心外膜冠動脈の狭窄や閉塞が主要なターゲットであった。心外膜冠動脈病変に対する血行再建が治療の中心であり、1977年に世界で初めてPCIが施行されて以降、冠動脈バイパス術(CABG)と比べて低侵襲かつ即時介入が可能なPCIは急速に普及し、CADの予後改善に大きく寄与してきた。

 2010年代後半からは、狭窄や閉塞といった心外膜冠動脈の形態異常だけでなく、実際に心筋虚血が生じているか否かが予後に大きく関与することが議論され、血行再建前の機能的虚血評価の重要性が高まった(図1)。

 

CSS診療における変革年表
【図1】

 

2018年に日本循環器学会(JCS)が発表した「慢性冠動脈疾患診断ガイドライン(2018年改訂版)」1)では冠動脈造影(CAG :  coronary angiography)に先立つリスク評価と心筋虚血評価の実施が推奨され、2019年の欧州心臓病学会(ESC)のガイドライン2)においても血行再建前の機能的虚血評価の必要性が明記されている。

 近年では、心外膜冠動脈に有意狭窄を認めないにもかかわらず、胸痛や心筋虚血所見を呈し予後不良となる患者群が注目されている。従来の心外膜冠動脈病変を有する閉塞性CAD(Obstructive CAD)に対して、この群はANOCA(angina with non-obstructive coronary arteries)またはINOCA(ischemia with non-obstructive coronary arteries)と呼ばれ、CAD診療における新たなターゲットとして国際的にも位置づけられている。2024年にESCが発表した慢性冠症候群(CCS : chronic coronary syndrome)のガイドライン3)では、CCSを疑いCAGを施行した胸痛患者の約7割がANOCAであり、閉塞性CADは約3割にとどまることが示された。すなわち、閉塞性CADはCCS診療における氷山の一角であり、残る多数のANOCA症例に対する診断戦略・治療方針・予後評価法の確立は急務である。こうした背景のもと、カテーテルを用いた侵襲的機能評価のみならず、非侵襲的モダリティによる機能的虚血評価の活用も拡大しており、CCS診療は従来の解剖学的評価単独から包括的機能評価を重視するアプローチへと進化しつつある。

1) 日本循環器学会. 慢性冠動脈疾患診断ガイドライン(2018年改訂版). 2019年4月10日更新.
2) Knuuti J, et al. Eur Heart J. 2020; 41(3): 407-477.
3) Vrints C, et al. Eur Heart J. 2024; 45(36): 3415-3537.
非侵襲的な機能的虚血評価

 ANOCAの病態には、冠微小循環障害(CMD : coronary microvascular dysfunction)や冠攣縮、内皮機能不全などが関与しており、特にCMDはANOCAの約半数を占めると考えられている。

 非侵襲的な機能的虚血評価の代表的モダリティである負荷心筋SPECTは、負荷時と安静時の心筋への核種取り込みを視覚的に比較することで虚血評価を行う。正常心筋と比較して相対的に核種取り込みが低下している領域を定性評価するのが主流のため、左主幹部(LMT)病変や多枝病変など、虚血がびまん性に生じる病態では検出感度が低下するという限界がある。

 図2に、CAGで左前下行枝(LAD)、左回旋枝(LCx)、右冠動脈(RCA)に有意狭窄を認めた患者の運動負荷心筋SPECT(Ex-MPI)を示す。

 

心筋血流定量評価の意義図
【図2】

 

CAG前のEx-MPIでは心尖部、下側壁、下壁中隔に軽度の虚血が疑われたが、虚血心筋量(%ischemia)は3.75%であり、CAGによる追加評価の目安とされる10%を下回っていた。びまん性に生じる虚血はbalanced ischemiaとも呼ばれ、定性評価では虚血を過小評価し得ることを改めて経験した症例である。

 CMDによる虚血も、負荷心筋SPECTの定性評価では診断が困難とされる。このため、心筋血流量(MBF : myocardial blood flow)を定量評価し、負荷時MBFと安静時MBFの比から算出される心筋血流予備能(MFR : myocardial flow reserve)が、非侵襲的な診断指標として用いられている(図2)。MFRは心筋血流PETで算出可能であり(一部のSPECT装置でも測定可能)、従来の心筋血流定性評価指標である負荷時合計欠損スコア(SSS : summed stress score)や%ischemiaと比較して、びまん性虚血の検出に優れ、多枝病変やCMDの診断にも有用である4)

 なお、CMDの診断指標の1つに冠血流予備能(CFR : coronary flow reserve)があり、こちらもMFRと同様に心外膜冠動脈病変と冠微小循環を反映する。MFRとCFRはしばしば同義語として扱われ、いずれも2.0未満が心筋虚血の診断基準の1つとして提案されている2)。厳密には、CFRはカテーテル検査で侵襲的に測定した冠動脈レベルでの血流予備能を、MFRは心筋血流PETで非侵襲的に測定した心筋全体への血流供給能力を反映するため、両者が乖離する場合もある。乖離の背景や臨床的意義の解明は今後の課題であるが、MFRおよびCFRは閉塞性CADやCMDの診療における重要な評価指標となりつつあり、治療効果判定や長期予後予測の指標としても活用が広がっている。

4) Wang J, et al. Cardiovasc Diagn Ther 2021; 11(1): 56-67.
心筋血流予備能(MFR)と予後

 ANOCAという疾患概念が提唱される以前から、心外膜冠動脈病変や心筋虚血が検出されないにもかかわらず、長期予後が不良となる患者が存在することは指摘されてきた。MFRはANOCAにおける心血管イベントの重要な予後因子の一つであり、MFR<2.11の場合に予後不良であることが報告されている(図3左)5)

 

MFRと予後の図
【図3】 (左)
Prediction of Short-Term Cardiovascular Events Using Quantification of Global Myocardial Flow Reserve in Patients Referred for Clinical 82Rb PET Perfusion Imaging
Fukushima K, et al. J Nucl Med. 2011; 52: 726-732.
 
・ 主要評価項目:ハードイベント(心臓死、心筋梗塞)とソフトイベント[侵襲的冠動脈造影(血行再建術の有無を問わない)、心不全による再入院]を組み込んだ複合エンドポイント
・ 登録患者数:275人
・ 登録基準:2007年1月から2009年3月の間に、安静時・負荷時心筋血流イメージングの臨床検査のために紹介された連続患者
・ 除外基準:急性心筋梗塞、不安定狭心症、臨床的に明らかな心不全、画像撮影時の ジピリダモール負荷試験の禁忌、またはダイナミックPETデータセットが入手できない場合
・ p値の検定方法:ログランク検定
 
 
    (右)
Improved Cardiac Risk Assessment With Noninvasive Measures of Coronary Flow Reserve
Murthy VL, et al. Circulation. 2011; 124: 2215-2224.
 
・ 主要評価項目:心臓死
・ 登録患者数:275人
・ 登録患者数:2,783人
・ 登録基準:2006年1月1日から2010年6月30日までに安静時・負荷時心筋血流PET 検査を受けた患者
・ 除外基準:画像が欠落しているか、画質不良のために読影不能であった患者

 

また、閉塞性・非閉塞性CADを問わず、CFR<2.0は予後不良と関連し、1.5~2.0は中等度リスク群として患者背景を踏まえた評価が必要である。さらにCFR<1.5では高リスク群となり、心血管イベント発症リスクが著しく増加することが示されている(図3右)6)

 ただし、MFRは糖尿病、高血圧、加齢、喫煙などの背景因子によっても低下し得るため、MFRやCFRの評価はこれらの因子を考慮した上で総合的に解釈し、適切なリスク層別化と包括的治療方針の策定に結びつけることが重要である。

5) Fukushima K, et al. J Nucl Med 2011; 52(5): 726–732.
6) Murthy VL, et al. Circulation. 2011; 124(20): 2215-2224.
これからの治療戦略における指標
冠血流供給能(CFC: coronary flow capacity)

 一方で、定性評価で中等度以上の虚血がある場合には、MFRやCFRの付加価値は限定的であるとする報告もある7)。心外膜冠動脈の血流供給能力を反映するFFRと、心外膜冠動脈と冠微小循環の両者を反映するCFRを併用した検討では、FFR≤0.80かつCFR≥2.0の場合、CFR単独の評価では予後良好群に分類されるにもかかわらず、心血管イベント発症率は正常群の5.8%に対し11.9%と高値であった8)

 こうした背景を踏まえ、近年ではMFRに負荷時MBFを組み合わせた冠血流供給能(CFC : coronary flow capacity)によるリスク層別化が着目されている(図4)9)

 

Coronary Flow Capacity図
【図4】

 

CFCは、MFRと負荷時MBFのカットオフ値を組み合わせることで、領域別に重症度とリスクを分類し、冠動脈の血流供給能力を総合的に評価する指標である。図4に示すように、MFRが高く負荷時MBFも十分に保たれているHigh CFC群(赤色)は「虚血なし」、両者が明らかに低いVery low CFC群(青色)は「明らかな虚血あり」で血行再建を考慮する。また、MFRが2.0以上でも負荷時MBFが低い場合はIntermediate CFC群(橙~黄色)となり閉塞性CADやCMDの関与が疑われる中間リスク群と位置づけられる。

 最近ではCFCと負荷心筋血流PETの定性画像を統合したCFC Mapも提案されている。これにより、局所の血流供給状態と虚血領域の広がりを同時に把握でき、心筋虚血の重症度評価、非侵襲的な閉塞性CADとCMDの鑑別、血行再建の適応判断、治療効果の判定、予後の予測など、多様な臨床応用が期待される。このように冠動脈の包括的機能評価法の進展は、より精緻な診断とリスク評価を可能とし、患者ごとの個別化医療の推進に寄与すると考えられる。

7) Ziadi MC, et al. J Am Coll Cardiol. 2011; 58: 740-748.
8) Lee JM, et al. JACC Cardiovasc Interv. 2018; 11(15): 1423-1433.
9) Johnson NP, et al. JACC Cardiovasc Imaging. 2012; 5(4): 430-440.