
循環器診療における心臓核医学検査の温故知新: 診断から予後を見据えて
座長
汲田 伸一郎 先生
日本医科大学
演者
中田 智明 先生
函館五稜郭病院
図1は心臓病学と心臓核医学の進化についてまとめたものである。心臓核医学の分野では、画像診断機器のハードウェアが高感度・高分解能・高定量性といった点で大きく進歩してきた。これに加えて、特に過去10~20年でソフトウェア、画像処理、コンピューターサイエンスの分野も飛躍的に発展し、RI製剤も次々と開発されている。

【図1】
また、私が医師になった頃は侵襲的検査しか行えなかった循環器領域において、現在では心エコーを含む非侵襲的な検査法や核医学的手法が確立され 、定量的な指標を用いた評価が可能となった。これらの技術革新は、低侵襲のPCIや低侵襲冠 動脈バイパス手術(MIDCAB : minimally invasive direct coronary artery bypass)にも大きく貢献し、患者の身体に負担の少ない診断・治療法の発展に寄与している。現在では、単に診断を行うだけでなく、疾患の重症度やリスクの定量的評価、適切な予後予測と治療選択、さらには治療効果の評価を目的とした心臓核医学検査が日常的に行われている。
心筋虚血を定量的に評価することは、視覚的評価に伴うバラツキとバイアスを軽減できるため、サイエンスの分野では重要な捉え方となる。臨床医は、患者の病歴や他の合併症とともに、局所の心筋虚血の範囲と深さを定量的に評価し、それが予後にどの程度影響を及ぼすのかを把握することが重要である。実際に、COURAGE試験のnuclearサブ解析、BARI‑2D試験、PROMISE試験、ISCHEMIA試験およびそのサブ解析など、多くの大規模介入試験から得られた豊富なエビデンスがその重要性を支持している。
こうした国際的な研究の進展とともに、本邦においてもインターベンションの専門家を中心に非侵襲的な検査・診断と治療を結びつける様々なエビデンスが生み出されてきた。特に、国内の117施設、4,629症例の登録から始まったJ‑ACCESS試験のデータが、本邦では最大かつ最良のエビデンスとして位置付けられている(図2)。

【図2】
心筋虚血状態になると、心筋は大量のATPを産生する能力が低下する。心臓は膨大なエネルギーを必要とするため、通常は長鎖脂肪酸を用いて多くのATP(長鎖脂肪酸1molから130ATP)を産生するが、これには酸素を多く必要とするため虚血に非常に弱い。一方、心筋虚血下では酸素供給不足により嫌気的糖代謝(1molグルコースから3ATP)にシフトする。再灌流が成功すると、好気的糖代謝(1molグルコースから37ATP)に戻るが、糖代謝だけでは必要なエネルギーが賄えず、延命を図るため少しでもエネルギーを節約する方向にシフトし、いわゆる冬眠心筋、あるいは気絶心筋の状態が続く。そこで、123I-BMIPPトレーサが開発された。123I-BMIPPはベータ位にメチル基を導入することで、β酸化を遅延させ、虚血時の心筋エネルギー代謝状態を可視化できる手法となった。
123I-BMIPP心筋SPECTを活用した自験例について述べる。心筋梗塞後に保存的治療を受けた40代の男性症例では、201Tl心筋SPECTで前壁中隔に高度な再分布を示す虚血所見が認められたが、安静時123I-BMIPP心筋SPECTでは、安静時血流と大きなミスマッチが確認された(図3)。

【図3】
つまり、血流は回復しているにも関わらず、虚血心筋が残存していることを示唆する結果であった。その後、心電図同期心プールSPECTによる位相解析で局所壁運動を評価したところ、123I-BMIPPの欠損領域と一致して、前壁中隔の壁運動低下が明瞭に描出された。このことは、虚血心筋による壁運動異常、すなわち冬眠心筋状態であることを明瞭に示しており、その後待機的PCIを実施したところ、心筋虚血および壁運動は改善された。
また、急性心筋梗塞発症後にPCIを実施した症例において、発症から8日後では201Tl心筋SPECTと123I-BMIPP心筋SPECTのミスマッチが大きく、左室造影検査(LVG : left ventriculography)での壁運動異常は顕著であったものの、発症から6カ月後にはミスマッチが軽減し、123I-BMIPPの集積や壁運動が改善したことも報告されている1)。
急性心筋梗塞発症後症例では、心筋血流(201Tl心筋SPECT画像)と心筋脂肪酸代謝(123I-BMIPP心筋SPECT画像)の観点から3つのパターンが知られており、心筋がサルベージされていない「両者欠損型」、集積の程度に中等度の乖離がある「集積乖離型」、再灌流後の脂肪酸代謝集積も全く正常な「両者正常型」に分類できる2)。 このように、123I-BMIPP心筋SPECTを活用することで心筋のサルベージされている程度を定量的に評価することができる。
123I-BMIPP心筋SPECTを用いた急性心筋梗塞後患者の心事故回避率をBMIPPスコアとミスマッチスコアで評価した研究では、BMIPPの欠損の大きな群や、大きなミスマッチがある群では予後が悪いことが報告されている3)。 こうした研究結果は、早期介入や再発予防に向けた治療戦略の立案、さらには予後改善につながる重要なエビデンスとして臨床に役立っている。
全国117施設(4,629症例)の登録から始まった本邦のJ‑ACCESS試験は、現在ではJ‑ACCESS4試験まで進展している。これらは非介入研究であるが、心臓核医学領域における本邦最大規模の前向き大規模観察研究である。本邦でもエビデンスに基づく信頼性の高いデータが得られる時代に入ったと言える。
J‑ACCESS試験では、海外研究のHachamovitchらの報告4)と同様に、視覚的判定による心筋虚血の重症化が、心血管イベントの発生率の上昇と明確に関連していることが示された(図4)5)。
Prognostic study of risk stratification among Japanese patients with ischemic heart disease using gated myocardial perfusion SPECT: J-ACCESS study
Nishimura T, et al. Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2008; 35(2): 319-328.
この結果を踏まえ、私は日本人の心イベントとして最も多い心不全に着目し、新規発症心不全をエンドポイントとしたサブ解析を実施した。その目的は、新規発症心不全に影響を与える因子を多変量解析により明らかにすることである。解析の結果、慢性的な腎機能低下(CKDステージ4以上)、負荷時合計欠損スコア(SSS : summed stress score)の高値、収縮末期容積係数(ESVI : end-systolic volume index)の高値が、それぞれ新規発症心不全のリスク上昇と関連することが示された。さらに、これらの因子が単独でもリスクとなるだけでなく、複数有する場合には予後がより悪化するという傾向も認められた6)。
こうしたJ‑ACCESS試験の成果によるデータベースを基に、冠動脈疾患患者の予後を定量的に評価することを可能とする「Heart Risk View(現在のHeart Risk View-S)」というソフトウェアが開発され(図5)、本邦における心臓核医学の大きな進展につながった。

【図5】
B-SAFE試験では、透析患者に対するリスク層別化で123I-BMIPP心筋SPECTの有用性を検討するために、本邦の全国48施設が協力し、データの収集・解析が行われた。同研究におけるSPECT画像の撮像は安静時のみで実施されたため、透析患者に肉体的な負荷をかけることなくリスク評価を行うことができた。エンドポイントを心臓死+突然死として3年間追跡調査したところ、安静時BMIPPの欠損程度が大きいほど、予後が悪くなることが示された7)。 さらに、同研究のサブ解析による死亡リスクに関する調査では、BMIPPの欠損の程度に加え、高感度CRPの陽性や心電図におけるQ波の異常が、独立かつ相乗的に影響因子として関連していることが確認されている8)。
透析患者は全体として死亡率が非常に高く、その多くが心臓由来のイベントによるものである。B-SAFE試験から得られた知見を活用することで、ハイリスク症例の早期発見と適切な介入が可能となり、最終的には患者の予後改善につながることが期待できる。