うつ病とアルツハイマー型認知症の併存が疑われた症例

 
ビザミル®静注 症例アトラスシリーズ【うつ病・アルツハイマー型認知症編】

ビザミル静注 症例アトラス うつ病とアルツハイマー型認知症の併存が疑われた症例

症例提供
宇土 仁木 先生 北海道大学病院 精神科神経科
服部 直也 先生 LSI札幌クリニック 名誉院長、浜松PET診断センター リサーチビジネスセンター長
監修
石井 賢二 先生 東京都健康長寿医療センター 認知症未来社会創造センター 副センター長

 

紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。
3D-SSP/DaTViewによる画像解析は核医学画像解析ソフトウェア medi+FALCON*を使用する事で実施可能です。

*認証番号:301ADBZX00045000

 

 

症例 70歳台女性

掲載にあたり患者本人と家族から同意を得ている。また個人が特定されることのないよう、内容を一部改変している。

症例の背景

家族歴 特記事項なし
既往歴 膀胱癌術後(68歳)
生活歴 同胞8名の第4子。成長、発達に異常なし。高校卒業後、実家の飲食店を手伝い、25歳時に結婚、1子をもうけた。 結婚後は専業主婦であり、現在は夫と二人暮らしである。
元来、快活で活動的な性格だった。
現病歴
X-8年 : 食欲不振、全身倦怠感が出現。
X-7年1月 : 北海道大学病院精神科神経科(以下、当科)を初診。うつ病と診断。
X-7年9月 : 当科初回入院(任意入院)となった。Mirtazapineを主剤とした薬物療法により抑うつ症状は改善し、X-6年1月に自宅退院した。
X-6年4月 : 嘔気、食欲不振が再燃し、6月に当科第2回入院(任意入院)となった。
主剤をDuloxetineに変更し、Quetiapine(QTP)を併用したところ症状改善が得られ同年9月に自宅退院した。
その後は寛解状態を維持し、ADLは自立していた。
X-1年 : 初頭から主治医の発言や受診日を忘れるなど、記銘力低下が目立つようになった。
また、胸部不快感を頻繁に訴え、自宅で臥床がちに過ごすようになった。
このため同年12月当科第3回入院(任意入院)となった。

入院時身体所見・検査所見

身長142.4cm 体重48.7kg
Vital signs : BT 36.5℃HR 87 bpmBP 124/64 mmHg
血液検査、胸腹部Xp、心電図 : 特記すべき異常所見なし
神経学的所見 : 異常所見なし

入院時精神医学的現在症

足取りは重く、表情は苦悶様である。返答は二言、三言に止まり、診察中も小さく嗚咽をあげている。
胸部不快感のため終日臥床している。精神運動抑制、食欲低下、入眠困難、消極的な希死念慮を認める。周囲に迷惑をかけないか過度に心配し、自責感が強い。症状の日内変動があり午後に軽快する。
経過から進行性の記銘力低下が疑われるが、失語、失認、失行は認めない。
注意、領識、見当識は保たれ、意識は清明である。

頭部MRI (FLAIR画像)
X-1年

X-1年画像

X-7年

X-7年画像

画像所見

テント上の脳室は軽度から中等度拡大、シルビウス裂の軽度開大を認めるが、内側側頭葉、後部帯状回、楔前部の萎縮は明らかではない。両側大脳白質にFLAIR像で高信号を示す領域をわずかに認め、加齢性変化もしくは虚血性病変を疑う。VSRAD注)で海馬傍回の萎縮を示すZ-scoreは0.35であり、関心領域内の萎縮はほとんど認めない。以上より、ADを積極的に示唆する所見は認めない。

 

注)本資材中のVSRAD表記はVSRAD文献発表時の表記を使用しております。現在は医療機器承認を受け名称表記が変更されています。

123 I-IMP SPECT
画像所見

定量画像では大脳皮質の血流は全体に低下している。定性画像では両側前頭葉の血流が低下しており、うつ病の影響が考えられる。一方で、両側楔前部にもごく軽度の血流低下を認め、早期のADの存在も否定できない。左前頭葉、側頭葉、頭頂葉は対側に比べ血流低下が目立ち血管病変の可能性も考えられる。

入院後経過1

うつ病の再発と考え、QTPを400mgに増量したところ、入眠困難や胸部不快感は早期に軽減したが午前中の倦怠感が持続していた。この時点で改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を施行したところ、12点(時間の見当識、計算、逆唱、遅延再生、言語流暢性課題で失点)であった。入院前から進行する記銘力低下や検査結果からADの合併が疑われ、Donepezil(DPZ)5mgの投与を開始した。
その後、緩徐に抑うつ症状は軽快し、ほぼ寛解状態となったX年4月にHDS-Rを再検したところ27点(遅延再生、言語流暢性課題で失点)に改善していた。AD合併の可能性とDPZ継続の必要性を判断するため、5月にLSI札幌クリニックにてアミロイドPETを施行した。

アミロイドPET

PET画像はGE Healthcare社Xeleris Workstation上で表示し、カラースケールはRainbowを使用。Pons(橋)が最高輝度の90%となるように表示条件を調整した上での、矢状断と横断面の画像を以下に提示する。視覚的には後部帯状回/楔前部、前頭葉、側頭葉、頭頂葉など主だった脳内の領域にフルテメタモルの異常蓄積は認めず。

矢状断面

横断面

入院後経過2

アミロイドPETにてアミロイドβの脳内蓄積は認められず、ADの合併は否定的と考え、DPZの投与を中止した。抑うつ症状はほぼ消失し、X年5月に自宅退院となった。

ビザミルPETについて

Leinonen V et al. Acta Neuropathol Commun 2014; 2: 46.
Ikonomovic MD et al. Acta Neuropathol Commun 2016; 4(1): 130.
  • アミロイドPETイメージングに用いられる18F-flutemetamol(ビザミルTM)は脳内の繊維型アミロイドβに結合する放射性薬剤である。
  • 薬剤の集積(視覚読影)と病理組織検査によるアミロイドβ沈着の程度はよく相関し、感度は91%、陰性的中率は100%である。
Steffens DC JAMA Psychiatry. 2017;74(7):673-674.
  • 高齢者の抑うつ状態では、うつ病と認知症との鑑別が困難な場合が多く、アミロイドβ沈着の有無は治療方針決定に際して有用な情報となりうる。

考 察

  • 本症例はビザミルPETの結果が陰性であったことで、ADの合併は否定的と考えられた。
  • 経過中に認められた記銘力低下は、うつ病に伴う見かけ上の認知機能低下であり、仮性認知症の状態であったと考えられた。
  • 精神科領域の本症例においてビザミルPETは、高齢者のうつ病と、アルツハイマー病による認知機能の低下を鑑別するために有用であった。

収集条件

患者の身長は143cm、体重は49kg。
肘静脈より194.2MBqを自動投与装置を用いてボーラス投与後90分間の安静ののち、収集開始。

撮影に使用したPET装置は島津製作所製Eminence-B。
セシウム線源を用いて約6分のトランスミッション収集後、3Dモードで30分のstatic収集を行った。再構成はOSEM法、再構成条件はsubset16、iteration5。Post-filterとして3D Gaussian 4mmを適応し、画像マトリックスは128×128、スライス厚は3.25mmでPET画像を作成した。

監修者コメント

アルツハイマー型認知症は、病初期や経過中にうつ状態を呈することが少なくない。一方、うつ病患者では意欲や注意力の低下などのために認知機能が低下しているように見える「仮性認知症」が認められることがある。この両者を正確に鑑別することはしばしば困難だが、アミロイドPETにより正確な診断が得られる場合があり、診療上有用である。
「アミロイドPETイメージング剤の適正使用ガイドライン」では、適切な使用の目的として、「(1)臨床症状が非定型的であり、適切な治療のために確定診断を要する認知症症例(例えば、アルツハイマー病と前頭側頭葉変性症の鑑別を必要とする場合)具体的には、米国国立老化研究所とアルツハイマー病協会による新しいアルツハイマー病診断基準(NIA-AA 2011)にもとづく臨床的疑診(possibleAD dementia)の基準を満たす、臨床経過が非典型的な場合や、病因が混在する場合である。このような症例はアミロイドPETを行わないと臨床的確定診断のために長い経過観察が必要となり、その間に不必要な検査や不適切な治療が繰り返される可能性がある。」としている。
 本症例のように、認知機能障害の背景として、アルツハイマー病とうつ病という複数の病因が混在する可能性が考慮される場合にアミロイドPETを実施することは、ガイドラインに沿った適切な使用であり、治療方針の決定や予後の推定に有益な情報が得られる。