テーマディスカッション3_症例ディスカッション ~患者背景、症状などに基づく適切な検査モダリティの選択を議論~ 症例1
テーマディスカッション3
症例ディスカッション
~患者背景、症状などに基づく適切な検査モダリティの選択を議論~ 症例1

 

  • 本記録集に掲載されている薬剤の使用にあたっては当該製品の添付文書をご参照ください。
  • 紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

テーマディスカッション3 症例ディスカッション ~患者背景、症状などに基づく適切な検査モダリティの選択を議論~ 症例1

 

座長

工藤 崇 先生
長崎大学

坂本 裕樹 先生
静岡県立総合病院

演者

塩野 泰紹 先生
和歌山県立医科大学

検査前確率を診断に活かす

 「2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療1)(以下「同ガイドライン」と表記)」では検査前確率(pre-test probability:PTP)モデルの使用が推奨されている。これを踏まえ、安定冠動脈疾患の適切な診断方法について述べる。
 各検査モダリティによる検査結果の解釈では有病率を踏まえた検討が重要である。例えば、陽性的中率や陰性的中率は有病率をもとに算出される指標であるため、有病率が高い場合の陽性結果であれば陽性的中率は高く、有病率が低い場合の陽性結果であれば陽性的中率は低くなることに留意が必要である。
 臨床場面では、検査結果が陽性を示す場合には検査後確率が高い検査方法、検査結果が陰性を示す場合には検査後確率が低い検査方法が理想的である。図1は、検査方法別の尤度比をもとに横軸を検査前確率(有病率)、縦軸を検査後確率としてプロットした曲線のイメージである。陽性尤度比は感度/(1-特異度)、陰性尤度比は(1–感度)/特異度として求められる。感度や特異度は検査固有の指標であるため、尤度比も検査固有の指標となる。図1-1のグラフは陰性尤度比が高い検査(検査B)と低い検査(検査A)をそれぞれ示している。陰性時検査後確率は陰性尤度比が低い検査の方が低くなるので、検査Aの方がrule-outに適していると考えられる。一方で、図1-2のグラフでは陽性尤度比が高い検査(検査B)と低い検査(検査A)をそれぞれ示している。この場合の陽性時検査後確率は陽性尤度比が高い検査の方が高くなるので、検査Bの方がrule-inに適していると考えられる。

検査前確率・検査後確率
図1-1陰性時検査後確率

 

図1-2陽性時検査後確率
演者作成

【図1】検査後確率は検査前確率(有病率)に影響を受けるため、有病率を考慮した適切な検査方法の選択が重要となる。

 Driessenらの研究では、FFRCT、冠動脈CTA、心筋SPECTの診断能の比較が行われた。感度、特異度から陽性尤度比および陰性尤度比を計算したところ、陽性尤度比はFFRCT:2.59、冠動脈CTA:2.64、心筋SPECT:8.71で、陰性尤度比はFFRCT:0.06、冠動脈CTA:0.19、心筋SPECT:0.42であった2)。このことから、陽性尤度比が高い心筋SPECTはrule-inに適しており、陰性尤度比が低いFFRCTはrule-outに適していると考えられる。

1) 日本循環器学会. 2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療. 2022年3月11日発行.
2) Driessen RS, et al. J Am Coll Cardiol . 2019; 73(2): 161-173.

rule-outに至った自験例(症例A)

 患者の主な背景を以下に示す。

60歳代男性

【主訴】無症状、冠動脈精査目的

【現病歴】罹患歴11年の2型糖尿病あり。心電図異常(III誘導の異常Q波)を認めたことから、冠動脈疾患の評価目的に当科外来を紹介受診となった。

【既往歴】高血圧症、2型糖尿病 陳旧性脳梗塞(ラクナ梗塞)

【生活歴】喫煙:past smoker(10本/日×40年)、アルコール:焼酎2杯/日

【内服】アスピリン100mg、クロピドグレル75mg、アジルサルタン20mg、アムロジピン5mg、ミグリトール 150mg、レパグリニド 0.75mg、シタグリプチンリン 50mg

【身体所見】意識清明、BP 140/96mmHg、HR 84bpm

      心音:過剰心音(-)、心雑音(-)、呼吸音:清、腹部:平坦軟、下肢:浮腫(-)

【血算・血液生化学検査異常所見】
グルコース:153mg/dL

 

 同ガイドラインで推奨されているESCガイドライン3)が提唱するPTPモデルに従い、本症例の検査前確率について検討した。本症例に胸部症状が無いことと、年齢、性別から、検査前確率は22%と推定した。次に、臨床的尤度についての検討も同ガイドラインで提唱されている冠動脈疾患の臨床的尤度を構成する要素を参考に行った。本症例では、糖尿病、脳卒中、喫煙歴、血糖値異常が、臨床的尤度を構成する要素として該当した。これらを踏まえ、本症例の有病率を30%程度と判断し、rule-outを行う目的で冠動脈CTAを実施した。結果は、予想に反し、前下行枝の近位部に中等度の狭窄が認められた(図2)。冠動脈CTA陽性後の検査後確率は有病率30%の場合で50%強程度であるため、適切な診断には追加検査が必要と判断し、その選択肢としてFFRCTと心筋SPECTを検討した。仮にFFRCTで陽性を示す場合、検査後確率は70%を超えるが、一方で陰性であれば検査後確率は10%を下回りrule-outに繋げやすいと判断し、FFRCTを選択することとした。その結果、FFRCTでは陰性であった(図3)。通常の臨床であれば、この段階でrule-outし、薬物療法で経過観察する治療方針とするが、本症例は臨床研究の対象であったため、心筋SPECTと冠動脈造影の追加検査も行った。結果はいずれの検査も陰性であった(心筋SPECTと冠動脈造影の結果をそれぞれ図4図5に示す)。心筋SPECT、冠動脈CTA、FFRCTの3つの検査方法について、縦軸を検査後確率、横軸を有病率としてプロットした曲線グラフを図6に示す。本症例では心筋SPECTの結果は陰性であったが、設定した有病率が30%であるため、心筋SPECTの結果のみでrule-outすることは難しい。しかし、仮に有病率が50%で心筋SPECTが陽性結果を示すような条件であれば、検査後確率は90%以上となるため、rule-in目的での心筋SPECTは有用と考える。

 

図2curved MPR画像。前下行枝の近位部に中等度の狭窄が認められたが、回旋枝や右冠動脈には狭窄病変は認められなかった

【図2】curved MPR画像。前下行枝の近位部に中等度の狭窄が認められたが、回旋枝や右冠動脈には狭窄病変は認められなかった。

 

図3検査後確率の精度を高めるために、冠動脈CTに加え、FFRCTの結果を組み合わせて評価した

【図3】検査後確率の精度を高めるために、冠動脈CTに加え、FFRCTの結果を組み合わせて評価した。

図4アーチファクトの影響で下壁に若干欠損が見られるが、少なくとも前下行枝領域には虚血は認められなかった

【図4】アーチファクトの影響で下壁に若干欠損が見られるが、少なくとも前下行枝領域には虚血は認められなかった。

 

図5冠動脈造影ではFFRの評価も行い、左前下行枝(LAD) のFFR値が0.91で
あったことから、本症例に対するrule-outは適切であったと思われる

【図5】冠動脈造影ではFFRの評価も行い、左前下行枝(LAD)のFFR値が0.91であったことから、本症例に対するrule-outは適切であったと思われる。

検査前確率・検査後確率
陰性時検査後確率図

 

陽性時検査後確率図
演者作成

【図6】有病率がある程度高い場合(50%を超えるような場合)には、心筋SPECTはrule-inに適したモダリティであると考えらえる。

 最後に、患者背景、症状などに基づく適切な検査モダリティを選択する際の要点を図7にまとめる。冠動脈疾患患者の診断においては、検査前確率(有病率)、診断法の特性を考慮した適切な検査法の選択が重要である。

Summary私見
  • 陽性的中率、陰性的中率は疾病の罹患率(検査前確率)により変化するため、結果の解釈には患者背景を考慮する必要がある。
  • 検査前確率が高い場合には陽性尤度比の高いSPECTによるrule-in strategy、検査前確率が低い場合には陰性尤度比の低いCTAによるrule-out strategyが適切と考えられる。
  • 単独の検査法でrule-in/rule-outできなかった場合に、CTA、SPECT(FFRCT)を組み合わせることで検査後確率の精度を高めることができる。

【図7】安定冠動脈疾患に対する適切な検査モダリティ選択のための要点。

3) 2019 ESC Guidelines for the diagnosis and management of chronic coronary syndromes. Knuuti J, et al. Eur Heart J. 2020; 41(3):407-477.