テーマディスカッション2_非侵襲的虚血評価モダリティ ~心筋SPECT&FFRctの使い分け~
テーマディスカッション2
非侵襲的虚血評価モダリティ ~心筋SPECT&FFRctの使い分け~

 

  • 本記録集に掲載されている薬剤の使用にあたっては当該製品の添付文書をご参照ください。
  • 紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

テーマディスカッション2 非侵襲的虚血評価モダリティ ~心筋SPECT&FFRCTの使い分け~

 

座長

工藤 崇 先生
長崎大学

坂本 裕樹 先生
静岡県立総合病院

演者

松尾 仁司 先生
岐阜ハートセンター

施設ごとの実態に即したアルゴリズムに

 2022年春に公開された「2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療1)(以下「同ガイドライン」と表記)」では、従前の「慢性冠動脈疾患診断ガイドライン(2018年改訂版)2)」において安定冠動脈疾患を疑う患者のファーストラインの検査とされていた運動負荷試験は冠動脈疾患の診断能が十分でないため位置づけが変更され、本邦における診療体制を踏まえて、より臨床実態に近い診断アルゴリズムが提唱された。具体的には、「冠動脈CTA(解剖学的非侵襲的画像検査)のみ施行可能な施設」と、機能的な「負荷イメージングのみ施行可能な施設」と、「複数の画像検査が施行可能な施設」に分類し、検査前確率と臨床的尤度により評価した中等度から高度なリスクのある患者を対象として、それぞれの非侵襲的画像検査を検討するアルゴリズムとされている。
 この背景には、本邦の実臨床における検査実態がある。例えば日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)のPCI Registryの2016年−2018年の714施設のデータでは、冠動脈CTAがPCIを施行したケースの50.0%で実施されていたのに対し、FFRは15.7%、非侵襲的負荷検査は36.6%(負荷心筋SPECT検査が17.8%、負荷心電図検査が14.6%)となっていた3)
 往時のガイドラインでは「運動負荷試験ファースト」の方針が示されていながら、現実的には実施できていない実態があった。この点については、JROAD(The Japanese Registry Of All cardiac and vascular Diseases)の2019年の循環器疾患診療実態調査報告書でも同様の傾向が示されている。全国の循環器科・心臓血管外科を標榜する1,533施設の回答からは年々冠動脈CTAの実施件数が増加し、心筋SPECT検査の約2倍程度も施行されている実態が示されていた。当該調査からは、冠動脈CTA件数増加の一因として各医療機関の検査体制の問題があることも推察できる。つまり、CT装置がSPECT装置よりも約10倍多い現状も明らかになっている。
 こうした実情を反映して、冠動脈CTAのみ使用可能な施設と、負荷心筋血流イメージングのみ使用可能な施設それぞれに合わせたアルゴリズムを用意する形で、今回のガイドラインが作成された。

1) 日本循環器学会. 2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療. 2022年3月11日発行.
2) 慢性冠動脈疾患診断ガイドライン(2018年改訂版). 2019年4月10日更新.
3) Shoji S, et al. Lancet Reg Health West Pac. 2022; 22: 100425.
心筋SPECTによる機能的虚血診断の役割

 同ガイドラインでは、機能的な虚血評価を主軸とする非侵襲的画像検査のカテゴリーに、FFRCTが追加されたことも特徴の一つである。
 機能的な虚血診断の代表的な手法としては、これまで心筋SPECTが用いられ、診断のアルゴリズムにも位置づけられてきた。心筋SPECT検査には予後評価についての数多くのエビデンスがあり、正常所見のケースにおける心イベント発生率は極めて低いことはよく知られている。
 また、心筋SPECT検査による虚血の重症度が血行再建の判断において重要な指標となることはHachamovitchらの報告4)をはじめ、数多く報告されている。つまり、虚血領域10%を超えるケースにおける血行再建が心臓死のリスク低減と関連することを示したものであり、このことは欧米だけでなく本邦においても日本大学の依田先生らの研究5)により確認されている(図1)。

心筋SPECTによる機能的虚血診断の役割

 

【図1】本邦においても心筋SPECTにおける虚血領域10%超が血行再建の判断基準となることが示された。

 

 さらに、J-ACCESS試験では、虚血の重症度に加えて、年齢と左室駆出率、糖尿病の有無、腎機能の程度のリスク因子から3年間の心イベント発生率を推計するリスクチャートが報告されており6)、本邦の患者に対する非常に詳細なリスクアセスメントと、個々の背景因子に応じたテーラーメードな評価が可能になっている。

4) Hachamovitch R, et al. Circulation. 2003; 107(23): 2900-2907.
5) Yoda S, et al. J Cardiol. 2018;71(1): 44-51.
6) Nakajima K, et al. Circ J 2012; 76(1): 168–175.
虚血診断における評価の留意点

 一方で、虚血診断については、近年は治療時における侵襲的FFRが、ゴールドスタンダード的な見方をされることが多くなっている。FFRのカットオフ値0.75は、非常に高い確率で心筋シンチグラフィを含む非侵襲的評価法の結果と一致することがよく知られている。
 またFFRのカットオフ値には血行再建群と薬物療法群の心イベント発生率のアウトカムからも算出が試みられており、韓国のIRIS-FFR Registryでは血行再建のカットオフ値が0.79、心臓死または心筋梗塞では0.64と報告されている7)
 このように侵襲的FFRにおける0.80から0.65程度の評価は、虚血を認めるもののハードイベントのカットオフ値とするには高く、0.65未満がハードイベントのカットオフ値となっている。
 それでは、こうした侵襲的FFRの値と、心筋SPECT検査所見の関係について当院のデータ8)に基づき示す。
 岐阜ハートセンターで2016年から2018年に施行された連続273例の負荷心筋SPECTおよび侵襲的FFRケースの解析では、ベストカットオフ値は従来の報告どおり0.76が得られた。さらに侵襲的FFRと心筋SPECTの評価をクロスして検証すると、心筋SPECT評価において陰性とされた症例のうちFFR0.8以下が40%を占めていた。つまり、心筋SPECT陰性でもFFRが陽性となるケースが一定程度存在し診断上のギャップがあることが指摘できる。しかし、ハードイベントのカットオフ値FFR0.65未満の症例はわずか5%程度しか存在しなかった。
 一方で、心筋SPECT陽性例では、FFRが0.80未満の症例は約80%、0.65未満の症例は約40%を占めており、診断の一致率は高かった。心筋SPECT検査所見と%襲的FFRの値にある程度の乖離はあるものの、心筋SPECTが陰性であればdeferしてもハードイベントは少ないと考えられる。

7) Ahn JM, et al. Circulation. 2017; 135: 2241-2251.
8) Kawamura I, et al. Circ J. 2021; 85(11): 2043-2049.
FFRCTの基本概念と検査の特徴

 FFRCTは周知の通りCT画像より3Dの冠動脈図を作成し、スーパーコンピューターによる生理的モデルに基づく流体力学解析を行ってFFR値を推定する方法である。PACIFIC study9)では、侵襲的FFR0.8以下を虚血の基準にした際のFFRCTの虚血の診断能が心筋SPECTよりも高いことが示唆された。
 心筋SPECTとFFRCTの比較については、ReASSESS試験においてFFRCT:感度90%、特異度50%、陽性的中率(PPV)47%、陰性的中率(NPV)90%、正診率63%に対し、SPECT:感度48%、特異度86%、正診率73%と報告されている10)。SPECTの感度はFFRCTより低いものの、特異度が高く、正診率はFFRCTより高かった。論文中では、感度が高いことからFFRCTがSPECTより推奨され得ると結論付けている。
 しかし、ここで留意しなくてはいけないのは、PPVやNPVは、対象群の有病率(検査前確率)により算出される値が大きく変化することである。
 例えば、図2に示すように、感度・特異度の異なる4つの検査を想定する。検査前確率と尤度比により検査後確率が推定される。

日本メジフィジックス(株)提供
検査前確率と尤度比により検査後確率が推定される
 
感度
特異度
PLR
NLR
検査A
95%
53%
2.0
0.09
検査B
88%
78%
4.0
0.15
検査C
72%
88%
6.0
0.32
検査D
60%
94%
10.0
0.43
  • PLRが高い検査は、幅広い範囲の有病率で高いPPVを維持するため、rule-in(確定診断)に適している。
  • NLRが低い検査は、幅広い範囲の有病率において高いNPVを維持するため、rule-out(除外診断)に適している。

 

FFRCTの基本概念と検査の特徴1
FFRCTの基本概念と検査の特徴2

 

【図2】検査手法のPPV、NPVの評価する上では、有病率(検査前確率)との関係を考慮することが重要である。

 一般的に、PPVは有病率が高くなるほど上昇し、低くなるほど低下する。NPVは有病率が低くなるほど上昇し、高くなるほど低下する。
 実際に私たちの診察の対象となる有病率40%-60%のような中等度リスクの対象群を考慮すると、PPV85%以上を確保できるのは検査Dのような陽性尤度比(positive likelihood ratio:PLR)が高い検査となる。つまり、PLRが高い検査は幅広い範囲の有病率で高いPPVを維持するため、rule-in(確定診断)に適しているという考え方になる。一方で陰性尤度比(negative likelihood ratio: NLR)が低い検査は幅広い範囲の有病率で高いNPVを維持できるため、rule-out(除外診断)に適していると言える。
 FFRCTの診断能についてのこれまでの各種報告の対象群の有病率は40%-60%程度であった(図3)。PLRは概ね2前後であり、PPVは低値にとどまるが、NPVが高くNLRは十分に低い。こうした情報を踏まえると、FFRCTはその検査の特性上、rule-out strategyに用いるのが適切と考察できる。

 

FFRCTの診断能

【図3】冠動脈CTAをベースに構築されるFFRCTは、感度が高く、陰性的中率が高い検査と報告されている。

9) Driessen RS, et al. J Am Coll Cardiol. 2019; 73: 169-173.
10) Sand NPR, et al. JACC Cardiovasc Imaging. 2018; 11(11): 1640-1650.
心筋SPECTと冠動脈CTAベースの検査の利点と欠点

 心筋SPECTと冠動脈CTAをベースとした検査のそれぞれの利点を図4にまとめた。

 

私見
心筋SPECT と 冠動脈CTA + FFRCT
心筋SPECT
利点

  • 患者背景に依存しない。
  • 運動負荷耐容能など予後指標を得ることができる。
  • 腎機能には関係なく評価可能。
  • ステント留置後、バイパス後の評価に使用できる。

 

冠動脈CTA and FFRCT
利点

  • 解剖学的狭窄情報のみでなく、プラーク情報からのリスク評価が可能である。
  • 治療戦略決定に重要な情報を非侵襲的に寄与する。
  • CT以外の追加検査が不要であり、運動負荷や薬物負荷が不要である。

【図4】心筋SPECTと冠動脈CTAをベースとした検査のそれぞれの利点

 心筋SPECTは、患者背景に依存せず実施可能であり、冠動脈CTAでは原則禁忌となる腎機能障害のある患者についても評価できること、ステント留置後、心臓バイパス術後の評価に有用である点が、大きなメリットと言える。
 冠動脈CTAと冠動脈CTAを応用したFFRCTは、解剖学的狭窄情報のみでなく、プラーク情報からのリスク評価が可能であり、治療戦略決定に必要な冠動脈の狭窄部位に関する情報を非侵襲的に入手可能であること、また冠動脈CTA以外の追加検査が不要であり、運動負荷や薬物負荷が不要であることなどがメリットとして挙げられる。
 一方、心筋SPECTの欠点は、解剖学的情報と冠動脈のプラークについての情報が得られないこと、また運動負荷や薬物負荷が必要となり、検査体制の側面でも実施可能な施設が限られることなどが指摘できる。
 解剖学的画像をベースとする冠動脈CTAとFFRCTの欠点に関しては、冠動脈CTAにより得られる画像の質に解析結果や診断能が影響されること、そのために良好なCT画像の入手が難しい腎機能低下症例や高度石灰化病変などの背景を持つ患者への適用にはリミテーションがあることが挙げられる。また、実臨床の観点では、保険適用を考慮すると、現時点ではステント留置後や心臓バイパス手術後等のフォローアップにFFRCTは使用できないことが指摘できる。
 このように冠動脈CTAベースの検査と心筋SPECT検査にはそれぞれ利点・欠点が存在する。安定冠動脈疾患の非侵襲的な虚血検査においては、それぞれの検査の特徴を十分に理解して使い分けることが肝要である。