教育講演
2 薬剤&運動負荷の使い分け
教育講演 2
薬剤&運動負荷の使い分け

 

  • 本記録集に掲載されている薬剤の使用にあたっては当該製品の添付文書をご参照ください。
  • 紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

教育講演2 薬剤&運動負荷の使い分け

 

座長

竹石 恭知 先生
福島県立医科大学

演者

竹花 一哉 先生
関西医科大学

 胸痛の原因には狭心症だけでなく消化管や筋骨格系、心因性など様々な部位の疾患が想定され、また、心臓の疾患が原因であっても虚血だけでなく心膜や心筋の炎症など様々な病態が存在する。また罹患期間や病期、治療歴など多様な背景を有する患者様に適切な検査を施行し、正確な診断と治療につなげることが、我々の使命であろう。胸痛の原因を探索し、治療方針の策定にも資する重要な検査となる負荷心筋SPECTの役割を改めて振り返るとともに、運動負荷試験と薬物負荷試験のそれぞれの利点や問題点(図1)、使い分けの考え方について紹介する。

負荷心筋SPECT

【図1】負荷心筋SPECTの2種類の負荷方法

運動負荷試験の利点と検査実施の留意点

 負荷心筋SPECTを含む負荷イメージングは、「2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療1)」において、検査前確率が中等度から高度なリスクを有する患者群の機能的な虚血評価による更なるリスク評価、治療方針の決定をする位置づけとされている。負荷の方法としては周知の通り運動負荷と薬物負荷が存在する。
 まず、運動による負荷を用いる運動負荷試験の利点は、実際に被験者に運動していただく中で虚血の有無や程度を確認し、生理的な運動の許容量を評価できる点である。一方で、運動負荷の適応には制限があり、虚血評価に十分な運動負荷をかけることが難しいケースがあることに注意しなければならない。
 運動耐容能と生命予後の相関関係については、10METsの運動を行って虚血性の変化が確認されなかった患者群の予後はきわめて良好であり2)、その後に行われた追試においても同様の結果が示されている。運動負荷試験が、いかに重要であるかを示唆していると言えるだろう。
 また、運動負荷は患者様が日常生活で経験し得る動きの中で心臓の状態がどのように変化し、どのような状態の際に臨床症状が出現するのか説明できる利点もある。退院時指導の際に運動負荷試験の運動耐容能の結果から、「この程度までの運動にとどめておいたほうが良い」、また、症候限界まで運動を行っても虚血が認められなかったケースであれば、「何も出ていないので大丈夫です」などと説明ができる。具体的な指導を受けることにより、患者様は退院後、自信を持って、安心して日常生活に戻ることができるだろう。
 つまり、症候限界性の運動負荷試験は、日常生活におけるADL(activities of daily living:日常生活動作)まで考慮された検査法であり、さらに、運動負荷を行うことにより生理的な虚血の評価が可能なことから、より臨床に即した患者様の状況の評価ができる検査法と言える。こうした点から、あくまで私見ではあるが、虚血性心疾患患者の管理において運動負荷試験は最善の検査方法であると考えている。
 一方、運動負荷試験には負荷量が一定しない、また運動が困難な患者やリスクがある患者などの制限があるといった問題点もある。急性心筋梗塞発症早期、不安定狭心症のような絶対的な禁忌となる疾患があるほか、相対的な禁忌としてLMT病変、中等度リスクの狭窄性弁膜症、高度房室ブロックなどがある(図2)。

運動負荷試験の利点と検査実施の留意点

【図2】運動負荷法における絶対禁忌と相対禁忌

1) 日本循環器学会. 2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療. 2022年3月11日発行.
2) Bourque JM, et al. J Am Coll Cardiol. 2009; 54(6): 538-545.
十分な運動を行えない場合には薬物負荷試験を

 運動負荷試験を適応できない場合や、精神的・身体的な理由から十分な運動が行えない場合に用いられるのが、薬物負荷試験である。薬物負荷試験には、薬剤を使用することにより負荷量を一定にし、虚血を定量的に評価できる利点がある。しかし一方で運動負荷とは異なり、日常生活で生じる実際の虚血を見ているわけではない点には留意しなければならない。
 薬物負荷試験には2つの方法がある。ひとつはアデノシンなどの血管拡張剤を用いる方法、もうひとつは心筋収縮を増大させる薬剤を使用し、実際に運動をしているかのように心筋の虚血を誘発する方法である。
 対象患者像として想定されるのは、高齢で運動負荷を十分に行えないが狭心症などが疑われるケースや、狭心症が疑われるものの運動負荷が困難なケース、年齢にかかわらず生理的・身体的に動けないケース、例えば、関節炎、筋炎症、その他の整形外科的な問題で運動負荷を行うことが困難なケースなどが挙げられる。
 また、心電図での左室ブロック(LBBB)が認められるケース、あるいはペースメーカーを入れているために運動をしても脈が上がらないケースであっても、アデノシンなどで血管を拡張させ、日常生活において、虚血が起きてもおかしくない領域の確認や冠血流予備能の評価は可能だろう。
 ただし、負荷誘導剤の禁忌として、気管支喘息、ペースメーカー治療の行われていないⅡ度以上の房室ブロック、低血圧(収縮期血圧<90mmHg)の場合など、併用禁忌として、ジピリダモールやアミノフィリン製剤の服用患者などがある。
 また、血管拡張剤としてアデノシンを使用する場合、被験者がネオフィリンを服用したり、カフェインを摂取していたりするとアデノシンのブロッカーとなるため、薬剤による本来の効果が発揮されているのかが判然としない点に注意が必要である。しかし、薬物負荷試験を行う際に、患者様に12時間前から、お茶やコーヒー、チョコレートなどのカフェインを含む飲食物や薬剤を摂取させないことは至難で、臨床医の先生方はご苦労されているのではないかと推察する。薬物負荷をかけている際の血圧や脈拍の変動を観察しながら、実際に薬物負荷が効いているのか確認しながら実施していくのが良いだろう。
 アデノシン系の薬剤には、ほかにもいくつかの注意点がある。アデノシンには4つのレセプターが存在し、これらのうちA2A受容体に冠動脈を開く作用がある。しかし、A1受容体は房室伝導を下げる、A2B受容体は気管支喘息を引き起こすといった副作用を招いてしまう。今後はA2A受容体だけに作用する薬剤が求められている現状である。

日常臨床での心筋SPECTの応用を期待

 本日の講演を整理する(図3)。

日常臨床での心筋SPECTの応用を期待

【図3】キーメッセージ

 心筋SPECTをはじめとする負荷イメージングは、昨年改訂された「2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療1)」でも重要な位置づけとされている検査であり、非侵襲的に簡便かつ安全に負荷中の心筋虚血の評価が可能な検査法である。
 例えば、本日ご紹介させていただいたように運動負荷試験であれば、心電図を確認しながら負荷をかけ、アクシデントが発生する前に負荷を止めることもできる。また、運動負荷試験が適応にならない場合であれば、薬物負荷試験を行うという選択もできる。様々な手法を用いて負荷中の心筋の血流の評価が可能である点は、他の診断デバイスにはない特徴だろう。
 運動負荷試験と薬物負荷試験には、それぞれ前述(図1)のようなメリットと問題点がある。適切な診断につなげるためにも患者様に負荷試験の有用性を理解していただくことが重要となる。理解が不十分なまま検査を実施すると、運動負荷試験で症候限界に至らずに終わってしまったり、薬物負荷試験時に患者様がカフェインを摂取してしまったり、休薬が不十分で正確な検査情報が得られない結果となってしまう場合もある。患者様に負荷試験の意義を十分に説明し、その方に最適な負荷方法を選んだうえで検査を実施していくことが肝要だ。
 特に近年は高齢化の進展により、増加する心不全患者への対応が心疾患診療に関わる我々医師の喫緊の課題ともなっている。高齢の心不全患者の原因疾患や心イベントのリスクを判別する際に、心臓カテーテルのような侵襲的検査を実施することは検査自体にリスクが伴う。その点、心臓核医学検査であれば、非侵襲的に虚血の有無と程度の評価を実施でき、またそれに付随した数々の研究に基づき予後を評価し、治療方針の決定に役立てることができる。適切な治療をするためにも、日常臨床で心筋SPECTが広く応用されることを期待したい。

1) 日本循環器学会. 2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療. 2022年3月11日発行.