テーマディスカッション1_フォーカスアップデートの解説と残された課題
テーマディスカッション1
フォーカスアップデートの解説と残された課題

 

  • 本記録集に掲載されている薬剤の使用にあたっては当該製品の添付文書をご参照ください。
  • 紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

テーマディスカッション1 フォーカスアップデートの解説と残された課題

 

座長

工藤 崇 先生
長崎大学

坂本 裕樹 先生
静岡県立総合病院

演者

中埜 信太郎 先生
埼玉医科大学国際医療センター

 昨年春に日本循環器学会、日本核医学会をはじめとする合同研究班による「2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療1)(以下「同ガイドライン」と表記)」が公開された。「フォーカスアップデート版」は従前の「慢性冠動脈疾患診断ガイドライン(2018年改訂版)2)」と「安定冠動脈疾患の血行再建ガイドライン(2018年改訂版)3)」の公開後に構築された新たな知見を踏まえ、改めて安定冠動脈疾患の診断と治療に求められる指針を整理したものである。
 私自身、合同研究班の班長として、多数の先生方のご協力の下、同ガイドライン作成の取りまとめの重責をいただいた経緯がある。同ガイドラインのポイントと今後の課題について、背景にあった問題意識を踏まえて紹介する。

1) 日本循環器学会. 2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療. 2022年3月11日発行.
2) 日本循環器学会. 慢性冠動脈疾患診断ガイドライン(2018年改訂版). 2019年4月10日更新.
3) 日本循環器学会. 安定冠動脈疾患の血行再建ガイドライン(2018 年改訂版). 2019年3月29日発行.
複雑化する冠動脈疾患の分類と「フォーカスアップデート版」の対象領域

 作成にあたって最も困難であったのはガイドラインの対象領域の設計である。冠動脈疾患領域の概念や用語は複雑かつ重複した領域を含有しつつ広がっている。例えば、対象を踏まえたタイトルを考える際にも、冠動脈関連の状態を表す概念としては「急性」と「慢性」、「安定」と「不安定」、疾患概念としては「冠動脈症候群」と「冠疾患」などが考慮でき、この組み合わせだけでも2×2×2の8通りの組み合わせがある。また、stableなCoronary Artery Disease(CAD)を対象とするにしても、そのstableとはどのような状態なのか、作成グループの中でも様々な見解があり、意見の集約に最も苦慮したというのが実感である。
 そうした多様な意見を踏まえ、同ガイドラインでは多次元的なCADのうちの図1にオレンジで示した領域のみにフォーカスして対応することにした。つまり、安定した慢性冠症候群(CCS* Ⅰ)、新規発症の心不全または左室機能障害を有するCAD疑いの患者(CCS Ⅱ)、急性冠症候群(ACS)発症後1年以上経過、または血行再建後1年以上経過したCAD患者(CCS Ⅳ)、無症状の冠動脈病変を有する患者(CCS Ⅵ)、である。

同ガイドラインのカバーする領域と対象外の領域

【図1】同ガイドラインのカバーする領域と対象外の領域

 

 一方で、ACS発症後1年未満の安定している患者や最近血行再建を受けた患者(CCS Ⅲ)、INOCAのような非閉塞性冠動脈疾患に伴う虚血性心疾患患者(CCS V)は本アップデートの対象外としていることにご留意いただきたい。


*CCS; chronic coronary syndrome(慢性冠症候群)は2019年ESC(欧州心臓病学会)の慢性冠症候群の診断と管理ガイドラインでACSの対照的な臨床概念として導入された。臨床像から6つのサブタイプ(Ⅰ~Ⅵ)に分類されている。
ISCHEMIA試験の解釈についての整理

 周知の通り2020年に公表されたISCHEMIA試験4)においては、血行再建群と至適薬物治療(OMT)群の一次エンドポイント(心筋梗塞・心血管死等)、二次エンドポイント(心筋梗塞・全死亡)の発生率に群間差を認めなかった結果が示された(図2)。その評価については血行再建そのものを否定的に見るような解釈が散見される。同ガイドラインではそうした誤解を是正するための適切な情報提供にも力を入れた。

 

そもそもInitial Conservative vs Initial Invasive Strategy
血行再建のタイミングの重要性を示唆

【複合一次エンドポイント(CV死亡、MI、UA/HF入院、心肺蘇生)】
中央値3.2年の観察期間でINV群318例 vs CONS群352例
(群間差なし、HR 0.93, 95% CI 0.80, 1.08, p = 0.34)。
※累積イベント率も群間差なし

6か月時:INV群5.3% vs CONS群3.4%
(1.9 percentage points, 95% CI 0.8, 3.0)

5年時:INV群16.4% vs CONS群18.2%
(-1.8 percentage points, 95% CI -4.7, 1.0)

 

血行再建のタイミングの重要性を示唆

 

治療効果のheterogeneity

【治療効果のheterogeneity】
いずれのサブグループ(ベースラインのDM・頻回の狭心症・≧50%狭窄の罹患枝数・LAD近位部≧50%狭窄、あるいはOMT高達成率)でも同様の効果

Hochman JS, et al.JAMA Cardiol.2019;4(3):273-286.
Maron DJ, et al. N Engl J Med. 2020;382(15):1395-1407.

 

最近の大規模試験が再度浮き彫りにした議論
  • 冠動脈疾患の分類は複雑になってきており、特に個人の時間軸を意識する必要があること
  • 選択される検査や治療の目的を明確化する必要があること
  • 医療における重要な命題に向き合った大規模な臨床試験が臨床現場に与えた影響は甚大である一方で、いかにきちんとデザインされた大規模試験であってもその結果をすべての患者に適用できないこと

【図2】ISCHEMIA試験の設計と近年の大規模試験が喚起した議論

 

 つまり、ISCHEMIA試験における比較対照は、Initial Invasive vs. Initial Conservativeであり、純粋に血行再建群とOMT群の予後を検証したものではないということである。同試験では、当初の介入方法は確かに血行再建とOMTであったが、両者は経過の中でクロスオーバーすることが認められていた。そのため実際にはOMT群の一部は血行再建に至っている実態がある。こうした背景を踏まえると、本試験で提起された課題は「血行再建をするか否か」ではなく、「どのタイミングでどのような状態であれば血行再建を実施すべきか」であったと考察できる。私たちは、その点について各種の検査と治療の目的を再確認しながら深く議論していくことを求められていたのだと捉えている。
 また、各方面で指摘されているように、同試験では左冠動脈主幹部(left main coronary artery:LMCA)病変や重度の狭心症・ACSなどの重症疾患が被験者から除外されている。こうした対象群のリミテーションも含めて試験結果を正しく解釈し、適切な治療選択に役立てていかねばならないだろう。

4) Maron DJ, et al. N Engl J Med. 2020; 382(15):1395-1407.
初期評価におけるPTPとCLによる系統的評価方法の導入

 安定冠動脈疾患の初期評価については、欧米のガイドラインでも導入された検査前確率(pre-test probability:PTP)、臨床的尤度(clinical likelihood:CL)の具体的な運用、特に適切な非侵襲的画像検査の選択や侵襲的治療戦略の適応判断を導くにあたっての役割について概説した(図3)。

初期評価のポイント
  • 年齢、性別、症状からPTP(検査前確率)をまず評価、続いてCL(臨床的尤度)を加味した修正PTPを推測して、次の適切な検査を導く(I)
    ●特に5-15%PTPではCLによる調整が有用で、次の適切な検査選択に大きく影響する検討する
  • きわめて低いPTPなら更なる検査を保留してもよい
    ※CACスキャンや負荷心電図はリスク評価目的で考慮できる、ただし高い偽陽性率に注意
  • PRO(患者報告アウトカム)を評価し、リスク層別化と重症度変化の一助とする(IIa)
    ※ベースライン評価に加えて定期的な評価にも推奨

同ガイドラインを基にした自身の見解から作成

【図3】安定冠動脈疾患の初期評価のポイント

 

 PTPは、ESCガイドラインを基に胸部症状と年齢と性別の3つの患者背景より検査前確率を評価するモデルを示した。PTPの評価を病歴・既往や臨床検査値から見出せるCLの冠動脈疾患の可能性を推測するための情報を加味して調整(修飾)して、次に実施する検査内容(検査せず経過を見ることを含めて)を検討する流れとなる。
 こうしたPTP-CLを用いた診断のプロセスは実際にはこれまでもそれぞれの先生方が実施してきたものである。しかし、近年はCAD疑い患者のPTPが総じて低下していることも報告されている。これらの評価を軽視すると、臨床試験の誤った解釈を誘導し、ひいては過剰な診断的画像検査や治療につながる懸念もある。こうした背景を踏まえ、同ガイドラインでは、PTPやCLの評価臨床現場で十分に活用できるよう、診断アルゴリズムに組み込んでいる。
 患者報告アウトカム(patient reported outcome:PRO)については、診療フローに組み込み、患者の状態、意向を踏まえた治療方針をとることで、症状のコントロール、QOLおよび予後の改善と関連することが報告されている。同ガイドラインでは、自己記入式の質問票によるSeattle Angina Questionnaireなど臨床で活用しやすい評価手法を紹介した。

非侵襲的画像検査の選択と評価

 PTPとCL、またPROによる情報を踏まえ、少なくとも中等度以上のPTPを伴う患者において、診断やリスクをより明確にするために冠動脈CTAや負荷イメージングなどの非侵襲的画像検査を実施する。非侵襲的検査としては解剖学的あるいは機能的評価のいずれかを行うことになるが、図4に示したようにそれぞれの検査の特徴を明記することによって、ある程度役割分担をさせていただくこととした。

解剖学的評価(冠動脈CTA)か、それとも機能的評価(負荷イメージング)か
どちらが良いかではなく役割分担を
冠動脈CTA
 
負荷イメージング
・非閉塞性CADの否定
・LMCA病変の否定
主な目的
・虚血の評価
・バイアビリティの評価
・イベント予測能高い
・プラーク評価を用いた治療戦略
予後予測能
・イベント予測能高い
・FFRCT(機能評価)と組み合わせ
組み合わせオプション
・運動耐容能評価と組み合わせ
不整脈・頻脈
高度石灰化
肥満
ステント留置後
腎機能障害
不向きな状態(適切な画像が得られないケースも含む)
左脚ブロック
薬剤アレルギー
低運動耐容能

 

非侵襲的検査選択のポイント
  • PTPと施設における検査の使用状況(local availability)の二軸で考える
  • 中等度以上のPTP患者では冠動脈CTAまたは負荷イメージングを施行(I)
  • 冠動脈CTAはCADの診断(主に非閉塞性CADの否定)に有用
  • 負荷イメージングは(主にPTPが高い患者の)リスク評価に有用
  • PTP以外に(検査の向き不向きに関する)患者の特徴を考慮してイメージングモダリティを選択(I)
  • 冠動脈CTAで確定的な所見が得られなければ機能的検査(含FFRCT)で補完(IIa)
  • 無症状に近い低PTP患者へのオプションは負荷心電図(運動耐容能評価も兼ねる)とCACスキャンを考慮(IIa)

同ガイドラインを基にした自身の見解から作成

【図4】冠動脈CTAと負荷イメージングはそれぞれの特徴を踏まえて検討する。

 

 診断アルゴリズムでは、PTPで5%未満となる一番低いグループに関しては、経過観察または、オプション検査としてリスク評価のための運動負荷心電図もしくは冠動脈カルシウムスキャンを検討することが適切とした。
 PTP5%以上の場合は、冠動脈CTAもしくは負荷イメージングによる非侵襲的画像検査を検討する。

冠動脈CTA検査:CADの存在を除外するためには望ましい検査であり、高い陰性的中率と解剖学的な情報を用いて非閉塞性病変による患者やLMCA/LMCA相当の病変を除外していくrule-out strategy
負荷イメージング:高PTPもしくは既知のCAD患者に対し虚血やバイアビリティを評価し、イベントリスクを層別化し、治療方針を決定していくrule-in strategy

 この2種の非侵襲的画像検査はどちらが優れているかではなく、それぞれの検査の特徴を把握し、使い分けることが肝要である。
 また、非侵襲的画像検査の治療アルゴリズム作成の際に問題となったのが、本邦における病院の検査設備と医療者のリソースの問題である。本邦は循環器系の医療機関が数多く、冠動脈CTAの基盤が豊富な実態があり、現実的には施設ごとのハードウェアや人的リソースにより実施可能な検査が限定されることが想定される。
 そこで同ガイドラインでは、施設の実態に合わせて選択できる「冠動脈CTAのみ施行可能な施設」「負荷イメージングのみ施行可能な施設」「複数の画像検査が施行可能な施設」の診断のアルゴリズムを用意した。

血行再建の評価とOMTによる治療継続

 非侵襲的画像検査によりLMCA/LMCA相当の病変であればCAG検査に進み、非侵襲的画像所見とCAGが一致しない場合は、physiological assessmentを積極的に使用して適切な治療につなげる。
 上記以外は基本的にはOMTの適用となる。OMTは症状緩和とイベント予防に目的を整理し、目標設定に向けて最適化していく。一方で、こうした治療の中でACSの疑いがあれば、迷わずACSアルゴリズムに切り替えていく。患者との共同意思決定(shared decision making:SDM)を重視しながら治療を進めていくことになる。

同ガイドラインでの積み残しと今後の課題

 同ガイドラインは、残念ながら十分な記載に至らなかった項目がある。具体的には、疾患領域・患者背景の観点では、MINOCA/INOCAなどの非閉塞・非狭窄性の虚血患者、CKD患者の透析導入前後の状態変化、高齢者・フレイル、人種差・地域差によるPTP・CLの差異が指摘できる。また、治療・評価の観点では、PCI技術の進化の反映や脂質降下療法の効果の検証、血行再建後のフォローアップ時の検査法やPROの活かし方などがある。
 今後の臨床研究における各種検証とそうした知見に基づくさらに洗練された治療指針の構築を期待している。