教育講演1 
虚血性心臓病における負荷法の意義と実際
教育講演 1
虚血性心臓病における負荷法の意義と実際

 

  • 本記録集に掲載されている薬剤の使用にあたっては当該製品の添付文書をご参照ください。
  • 紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

教育講演1 虚血性心臓病における負荷法の意義と実際

 

座長

竹石 恭知 先生
福島県立医科大学

演者

中田 智明 先生
函館五稜郭病院

CCS・ACSの病態機序

 慢性冠動脈疾患では、冠動脈に狭窄が生じるとまず心筋への血流異常が起こり、その後虚血が進行しATP(アデノシン三リン酸)が枯渇すると壁運動異常や左室駆出率低下などの機能的障害が惹起される。さらに虚血が進むと心電図異常が出現し、次いで胸痛が生じる。したがって胸痛あるいは心電図異常を認めなければ虚血を否定できるというわけではない。
 一方、ACS(急性冠症候群)の疾患概念によれば、心筋虚血のスペクトラムの中で安定狭心症から不安定狭心症、nonQ波梗塞、Q波梗塞へと順次進行するのではなく、例えば安定型から不安定型を経ずに梗塞に進む、あるいは不安定型から安定型に戻るなど、動的な変動がある。
 近年欧米において、血管の狭小化に伴い直線的に病態が悪化するのではなく、狭窄進行の過程で微小心循環障害や冠血流予備能の障害、冠スパスム、INOCA(ischemia with non-obstructive coronary artery disease)と称される冠動脈狭窄を認めない虚血性心疾患群など多様な病態が形成されるとの理解が進み、多くの病態研究がなされてきた。
 また、ACSに呼応してCCS(chronic coronary syndrome:慢性冠症候群)という呼称も用いられるようになっている。

循環器負荷検査法は、予備能や代償機転の低下を評価する最も基本的な方法

 本講演のポイントを整理する。ポイント1として、比較的安定で慢性に経過する虚血性心臓病(CCS)や慢性心不全の症状、病態形成には、心筋血流や心機能の予備能、代償機転の低下・破綻が重要な役割を果たしている。ポイント2として、予備能や代償機転の低下を評価する最も基本的な方法が循環器負荷検査法である(図1)。循環器負荷検査法には運動負荷法と薬物負荷法があり、薬物負荷では冠動脈循環生理を最も反映するアデノシンが国内外で広く用いられている。

ポイント#2

【図1】循環器負荷検査法の意義と検査法の違いの整理

 安静時の血流量に対して、薬物負荷時には冠血流予備能によって最大3.5~4倍程度の血流上昇が得られる1)。冠血流予備能は病変の狭窄度の進行に伴い低下するが、直線的に変化するのではなく、一定の閾値を超えると急激に低下する。例えば狭窄度が80%であれば最大冠血流量は安静時の3倍程度に保たれており、日常生活で虚血症状が出ることはまずない。しかしさらに狭窄が進行すると冠血流予備能は急激に低下し、少し身体を動かすだけでも何らかの虚血症状が出現するようになる。

1) Gould KL, et al. Am J Cardiol. 1974; 33(1); 87-94.
核医学的な負荷心筋血流イメージング法の利点

 ポイント3として、核医学的な負荷心筋血流イメージング法の特徴を整理する(図2)。第一の利点として運動負荷法と薬物負荷法があり、患者の状態に合わせた負荷法が選択できる。さらにデジタル画像の解析により定量的・半定量的な評価が可能である。具体的には5ポイント・17セグメントモデルや専用ソフトウエアによる自動スコア化、%Uptake算出(トレーサー集積の定量評価)による心筋生存性の評価が行える。心電図同期法を併用することで左室機能も同時に評価できる。脚ブロックやペースメーカーの心電図、ジギタリス服用、心肥大によるST異常など心電図評価が困難な例においても適応性が高い。

ポイント#3【図2】核医学的な負荷心筋血流イメージング法の特徴

診断に加えリスク層別化、治療方針の決定、治療効果測定等にも有用

 ポイント4として、負荷心筋血流イメージング法の目的は診断のみでなくリスクの層別化にもある(図3)。虚血の有無の診断にとどまらず、虚血があった場合にそれがどの程度のリスクであり、予後にどのような影響を与えるのかを正しく判定することが重要とされる。この点が心電図検査と大きく異なるところといえよう。

ポイント#4【図3】負荷心筋血流イメージング法の目的

 4,031症例を対象とした本邦の多施設前向き観察研究J-ACCESSでは、心電図同期SPECTにおける負荷時欠損スコア(SSS)が高い群ほど心事故発生率が高かった2)
 Hachamovitchらの研究では、虚血心筋量が10%以上であればPCIが至適薬物療法(OMT)に比して予後改善に寄与し、10%未満であればOMT群のほうが予後良好なことが証明された3)。治療方針を決定するうえで虚血の重症度評価がいかに重要かを示すデータである。
 COURAGE試験では、CCS患者をPCI施行後にOMTを加えた群とOMT群の2群に分けて経過観察を行ったところ予後に差異はなかった4)。この結果からPCIが否定されたと誤解する傾向も一部にあるようだが、決してそうではない。OMT群では、負荷心筋SPECT等でフォローしつつ待機的PCIの適応を考慮する戦略がとられ、実際に待機的PCI施行例が含まれている。すなわちCOURAGE試験のデータは、OMTが重要であることに加え、OMTで十分に虚血リスクを低減できない場合にはPCIが有効であることも証明している。
 COURAGE試験のNuclearサブ解析では、治療法にかかわらず虚血が5%以上改善した群は予後良好であり、残存虚血が10%以上認められた群は明らかに予後が悪かった5)。この報告は、PCI先行あるいはOMT単独のどちらかに固執することなく、虚血の程度と治療による改善度をしっかり評価して治療法を選択すべきというメッセージであると考える。
 Gibbonsらは、トレッドミル運動負荷心電図で中等度リスクであっても、負荷心筋SPECTが正常所見であれば3年目程度までの心臓死・心筋梗塞のリスクは非常に低いと報告している6)。ただしその後は心事故が徐々に増えてくるため(心臓死/心筋梗塞の非発生率は1年後99.7%、5年後97.8%、7年後は96.6%)、臨床症状に応じて定期的に虚血評価を行うことが大切である。
 他にも、負荷心筋SPECTの陰性的中率は高く、低リスク所見であれば予後は悪くないとの国内外のエビデンスがある。本邦ではJ-ACCESSのサブ解析により、負荷心筋SPECTが正常であれば年間の心事故(死亡、心筋梗塞、入院を要する心不全)発生率は0.63~0.81%であることが示されている7)
 我々が実施したJ-ACCESSのサブ解析では、慢性腎機能低下、SSS、収縮末期容積指数(ESVI)が新たに発症する心不全の有意な予測因子であること、さらにこれらの因子が重なると相加的に心不全のリスクが高まることが明らかになった8)。機能的評価を行うことで、より正確に予後リスクが評価できることを示したデータである。

2) Nishimura T, et al. Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2008; 35(2):319-328.
3) Hachamovitch R, et al. Circulation. 2003; 107(23): 2900-2907.
4) Boden WE, et al. N Engl J Med. 2007; 356(15): 1503-1516.
5) Shaw LJ, et al. Circulation. 2008; 117(10): 1283-1291.
6) Gibbons RJ, et al. Circulation. 1999; 100(21): 2140-2145.
7) Matsuo S, et al. Circ J. 2008; 72(4): 611-617.
8) Nakata T, et al. JACC Cardiovasc Imaging. 2009; 2(12): 1393-1400.
欠点・注意点および本邦におけるEBMの構築

 核医学的な負荷心筋血流イメージング法は相対的画像表示であるため、重症虚血部位以外は過小評価され、多枝病変の検出感度が低いとされている。また体動、心外集積、局所心肥大による画像アーチファクト、放射線被ばくなども踏まえて個々の患者への適応を決めていかなければならない。
 近年、中央社会保険医療協議会では機能的虚血評価に基づく待機的PCIの適応決定がうたわれ、診療報酬改定にも反映されている。ただし臨床現場ではCCS診療に関する本邦独自のデータが十分ではない。そこで医療の適正化・標準化の面から、あるいは医療経済学的な観点(費用対効果)から解析を行う多施設前向き観察研究J-CONCIOUSが進行中である9)。ぜひ皆様とともに本邦におけるEBMを構築し、より良い冠動脈疾患治療に結び付けていきたい。

9) Nakata T, et al. Circ Rep. 2020; 2(12): 759-763.