特別企画 対談 核医学の新概念-Theranostics-が新たな治療を切り開く

現在の社会と医療現場の課題

  • 下田

    本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。現在、わが国では少子超高齢化の加速により社会的にも多くの課題が生じています。この現状を見たとき、医療現場でどのようなことが求められているのか、先生のお考えをお聞かせいただけますか。

  • 渡辺先生

    私は、医療現場のみならず社会的にも、“Precision Medicine”の実践と、それをベースとした私たち国民の生活の質を高めるための“Precision Health”の実現が強く求められていると考えています。

  • 下田

    Precision Medicine、Precision Healthというのはどのような概念でしょうか。

  • 渡辺先生

    Precision Medicineとは、核医学の分子イメージングなどを用いて疾患の源流を評価し、目の前にいる患者さんの状態を正確に診断することで、その患者さんにとって最適な治療実践を可能にするというものです。従来、確定診断は手術で切除した細胞や、不幸にして亡くなった方の病理解剖による組織の診断によって行われることが主流であり、必ずしも当事者である患者さんを目の前にして行われているわけではないのです。また、技術の進歩により各患者さんの遺伝子配列や疾患特性、そして発病リスク評価に関する理解はかなり進みましたが、病気の源流や発現程度に関しての理解は十分とはいえません。たとえば、血中の腫瘍マーカーの測定にしても、血液中で薄まった状態の腫瘍マーカーの値であって、疾患の源流を見ているとはいえません。

    また、現在の社会において特に強く要請されているのがPrecision Healthです。世の中には、健常者、これから病気を発症する未病の方、そして患者さんと、大きく分けて三種類の方がおられます。この三者間には明確な境界がありませんので、重要になるのが病気を発症する前にその兆候を把握できるような技術です。われわれはそれをPrecision Healthと呼び、ライフサイエンスの研究の一環としてその構築に向けて研究に取り組んでいます。先制医療や健康科学といった領域でも、イメージングの意義が高まりつつあります。たとえば尿酸値が正常範囲内ではあるものの高めの方にPET検査を受けていただき、既に関節に尿酸がたまりつつあれば、その段階で治療を始めることにより痛風の発症を未然に防げます。関節の変形・破壊が起こってしまうと元には戻らないので、治療法を予防にも使える場合は、早めに治療を始めることは非常に大事なことだと思います。Precision Medicineの実践とPrecision Healthの実現は、治療奏効と健康維持に直接的に結び付いています。結果として、国民総医療費の削減にも大きく貢献します。この観点からも、医療におけるPrecision MedicineとPrecision Healthの推進が、今、求められている課題の一つだと思います。

  • 下田

    医療技術の進歩は急速であり、当社の放射性医薬品、診断薬に対するニーズもこれまで以上に高まり、また高度化していると感じています。既存のSPECT検査やPET検査でも、より高感度•高精度のもの、さらにその定量化が医療機関から求められています。加えて、ご紹介いただいたPrecision Medicineのような概念が生まれてきました。当然、当社も従来以上に技術的に高次元の製品を供給することが必要になってきます。例えば、再生医療やがん免疫療法のような最先端の高度医療を支えることができる診断薬です。こうしたものを開発し早期に上市することが、当社に課せられた使命だと考えています。

最先端医療と核医学

  • 下田

    次に、最先端医療と核医学の関係について先生のお考えをお聞かせいただけますか。

  • 渡辺先生

    血中の腫瘍マーカーで分かることは身体のどこかにがん細胞がありそうだということまでで、もちろん、特定の腫瘍マーカーが特定のがんの存在を示唆しますが、X線CTやレントゲン撮影などの解剖学的イメージングで何か細胞の塊があるから総合的に考えてこれががん細胞らしいというふうに、従来の診断はこのように総合的推測と確率論に基づいています。一方、分子イメージングは、病気の源流である分子に特異的な結合分子(例えば、抗体など)が集まる様子を描出するわけですから、腫瘍マーカーでは検出できない小さなものを含めキャッチできる、さらにはその場所にどのような種類のがん細胞があるということまで分かる、この二つが非常に重要な特徴であるわけです。FDG-PET検査がこれまで検出できなかったがんを発見できるようになってきたのも、この源流を見る分子イメージング、すなわちPrecision Medicineの一つが機能した結果だと思います。

  • 下田

    お聞きしていますと、分子イメージングはPrecision Medicineの実践において欠かせないツールであり、現在の医療課題の解決やこれからの医療に貢献できる大きな可能性を秘めていることを再確認できたようで、非常に心強く感じます。

  • 渡辺先生

    分子イメージングは、創薬、診断を含めた医療技術、治療という医療における三つの観点のすべてで大きな役割を果たします。診断であれば、近年、多くの治療の選択肢がある中で、個々の患者さんにとって最適な治療法を早期に判断するために、分子イメージングによって奏効しない可能性の高い選択肢を排除することが大きな意味を持ってきます。たとえば、アルツハイマー型認知症が疑われる患者さんにアミロイドPET検査を受けていただきアミロイドβが蓄積されていないことが分かれば、アミロイドβを駆逐する薬剤を投与しても効果は期待できないことが分かります。従来の方法は、個別というよりむしろ経験則で、多くのデータに基づき比較的確率の高いものから選択するというものです。これに対して、分子イメージングは薬剤や治療法がその患者さんに最適なのか、患者さん当人での状態が評価できますのでまさに個別化医療が進み、合理的な方法だといえます。

  • 下田

    分子イメージングをより発展させるためには、新たなPETプローブの開発が不可欠になると思います。創薬や投与前薬効評価などの新しいニーズの開拓に合わせて、大量生産と安定供給の局面で当社も貢献できると考えています。

  • 渡辺先生

    新しいニーズ開拓という点では、新しいPET用標識薬剤の開発が肝要で、中でも、PET検査による抗体イメージングへの期待度は大きいと考えています。分子標的薬による治療において、確定診断には標的分子の発現が必須となりますが、組織採取が不可能な部位を含め全身を抗体分子イメージングにより非侵襲的に評価できれば、治療適応性の診断が可能になることが期待できます。また、治療の進行や再発・転移による分子発現の変化をモニタリングし、柔軟な治療法の選択に寄与すると考えています。治療用放射性核種標識抗体や抗体-薬物複合体(ADC)への展開においても、有効性・安全性の評価、治療効果予測、診断薬としての有効性評価など、抗体分子イメージングは創薬活動にも大きな貢献が期待できます。これらは、すぐにも個別化医療やTheranosticsの実現に結び付きます。PET検査は高感度で、多様な標的分子に対応でき、また、そのため標識分子も多岐にわたり、身体の深部組織においても高い定量性があることから、われわれは主にPET分子イメージングを用いて研究を進めています。

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