特別対談 核医学の新概念-Theranostics-が新たな治療を切り開く

Theranosticsという新たな概念の誕生

  • 下田

    今お話に出たTheranostics ですが、当社では概念の理解促進と整理のため、核医学診療の「垂直融合」「水平融合」という言葉を用いています。「垂直融合」というのは、再生医療や免疫チェックポイント阻害剤、Immuno-Oncologyなどの最先端医療において、治療を実施する際の患者選択あるいは治療後の効果判定にPET検査を使っていただくようなイメージです。日本核医学会理事長の畑澤 順先生が、学会ホームページにおいて「核医学Theranostics」に言及され、「放射線診断科とは違う、放射線治療科とも違う、さらに高い専門性が必要な診療領域」と言われているように、治療と診断が高度に一体化した医療行為がその概念に含まれていると思います。「水平融合」というのは、同じ抗体で治療用の核種と診断用の核種で標識した薬剤を同時に開発するようなものです。当社はこれらの具現化をめざしたいと考えています。

  • 渡辺先生

    従来の診断薬と治療薬は、必ずしも同じ標的分子に着目していたわけではなく、診断した分子背景が治療と直接には結び付かない場合もあったのではないかと思います。しかし、標的分子に対するイメージングが可能ということは確実に標的分子に集まるということであり、それを使わない手はないと思います。治療薬としても使える分子を診断に用いるということが、Theranostics概念の本質なのです。

  • 下田

    よろしければ、Theranostics概念の実現例をご紹介いただけますでしょうか?

  • 渡辺先生

    一つの事例として、理化学研究所と国立がん研究センターとの共同研究を紹介します。がんの増殖に関与する受容体の過剰発現(HER2陽性)が見られる悪性度の高い乳がんが脳に転移した場合、これまでは抗体は血液脳関門を通過しないと考えられていたため、このタイプの腫瘍に有効な抗体医薬品は使えないというのが定説でした。ところがCu-64で標識した抗体を使って、われわれは世界で初めてPET検査で脳に転移したHER2陽性の腫瘍の描出に成功しました。つまり、この症例の場合、血液脳関門が破壊されており抗体が届くため、抗体医薬品が使えるのです。これもTheranosticsの有用性を示す一例です。診断と治療では若干必要な分子数などが異なるかもしれませんが、基本的に同じ標的分子を使えるため、治療奏効の可能性が飛躍的に高まることが期待できます。

  • 下田

    PET検査により従来の定説を覆し、患者さんにとっては治療の選択肢が増えるわけですから画期的な成果ですね。Theranosticsは今後の核医学の発展において、本当に大きなキーワードになるのだと思います。2016年に報告されたHeidelberg大学の臨床研究も米国核医学会のみならず泌尿器科学会でも大きな注目を集めたと聞いています。

  • 渡辺先生

    これは転移性前立腺がんの膜抗原(PSMA)に対する抗体を68Gaで標識してPET検査で診断した後、同じ抗体にα線放出核種である225Acを標識した治療薬を投与して治療を実施した例です。全身に広がっている転移巣がほとんど消失したという結果で、従来であれば治療法がなく泌尿器科の専門医でもさじを投げてしまう患者さんを救済できたわけで、これは画期的な治療法になるのではと非常に期待されています。

  • 下田

    先生をはじめアカデミアの専門家の方々が集合されて、そのコンセプトの確認や安全性の確認が進められていると思います。具体的にその商業化に向けての治験なども実施される可能性があるので、当社としても大きな関心を持って注視しています。当社は2017年9月に脳内アミロイドβを可視化するPET診断薬の製造販売承認をいただきました。現在、国内外の治療薬メーカーがアルツハイマー型認知症の本格的治療薬の開発にしのぎを削っておられます。認知機能障害は、実際に発現していない状態のときに、アミロイドβが脳内に蓄積しているか否かを評価することが非常に重要だと思います。合わせて、アミロイドβだけではなくタウ蛋白など、多様な原因物質の研究にも関心を持っています。

日本メジフィジックス社に期待すること

  • 渡辺先生

    PET臨床施設は今では400近くに増えましたが、いまだルーティン検査とはいえませんので、2005年にFDGの供給を始められて以来、御社はずっと大変なチャレンジを続けておられると思います。私は、製薬企業に経営上プラスにならないようなことではなく、お互いにWin-Winになれるよう一緒にやれることがあると思います。たとえばTheranosticsであり個別化医療であり、それらがしっかり実現できる道具立てです。先ほどの抗体イメージングで言いますと、抗体のプレターゲティング法、ある特殊な抗体を投与し、次にその抗体に結合することが可能な、汎用性のある放射性医薬品の開発などです。確実に腫瘍組織に到達する抗体を正確に診ることができる薬剤を開発し、供給していただくようなイメージですね。企業としても確実に採算性が保証された形として事業化を進めていただきたいと思っています。

  • 下田

    核医学はこれまで診断の分野で、社会あるいは医療に貢献してきました。ここにきてテクノロジーの進歩もあり新しいコンセプトが生まれてきたのは、核医学の新しい地平が広がっていくタイミングだと思います。当社単独でできることは限られていますので、様々な方面と協力関係を構築し、オープンイノベーションを加速していきたいと思っています。アカデミア、研究機関、抗体をRIで標識するのであれば抗体を保有されている製薬企業、もちろん日本アイソトープ協会など核医学分野の業界団体など皆さんと協力して核医学分野の新たな研究成果の事業化を進めていきたいと考えています。

  • 渡辺先生

    世界的にも急速な勢いで核医学領域は進歩し、国際的な競争も激化しています。また、医療そのものが質的に大きく変化しています。日本のライフサイエンス研究にはすばらしい成果も多くあり、また技術もあります。オールジャパンでそれらの成果をできるだけ早く臨床実用化していただくことを願って、一緒に協力していきたいと思います。

  • 下田

    核医学は裾野が非常に広い分野だと思います。さらに、先生のお話をお聞きして、分子イメージングが、従来馴染みのなかった分野にも爆発的に拡大しつつあることが分かりました。当社も幅広く密接な協力関係を早急に構築し、日本発のTheranosticsの実現に寄与し、その成果を社会に還元するという決意をより強固にさせていただきました。今後ともよろしくお願いいたします。