特別対談 これからの核医学と日本メジフィジックスへの期待

  • については「概要」ページの「用語解説」に説明を記載しています。

01. 医療の現状と課題

  • 竹内

    本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます。最初に、先生のお立場から医療環境における印象的な変化や課題についてお聞かせいただけますか。

  • 畑澤先生

    やはり高齢化と少子化の進展ですね。20~30年前は、働き盛りの30~40代に多く見られた脳卒中をいかに救うかが医療の課題でしたが、その後社会的な啓発活動により生活習慣の改善が進み、さらに新しい薬も出て、今は若い人の脳卒中は大変少なくなりました。現在は、高齢者人口が非常に多いため、がんや慢性疾患の治療が実地医療での大きなテーマになっています。このように、どの年齢層がどのような病気にかかりやすいかは、時代によって変わってきます。

  • 竹内

    高齢化などの社会構造の変化を背景に、先生方が取り組まれる医療課題も変わってきたのですね。

  • 畑澤先生

    がんを例にとってみると、治療成績の向上には、とりわけ診断学の進歩が大きく寄与していると思います。昔は不治の病と言われたがんですが、今は早期に診断できれば完治する可能性も高くなっています。ただし、すべてがそうではなくて、早期発見ができても未だ治療法が追いついていないがんもあり、ここは選り分けて考える必要があります。

  • 竹内

    高齢化というと認知症も大きな課題ですが、こちらはまだまだ発症の過程で何が起こっているか分からない世界です。まずは診断技術を確立し、認知症の原因や経過を解明し、これらに基づいて治療に生かす方法を探る、というフローが考えられています。当社は診断薬メーカーとしてトレーサーや診断技術を提供することが大きな責務ではないかと感じています。

  • 畑澤先生

    以前、認知症は問診による診断が中心でしたが、10年ぐらい前から核医学のSPECT検査で脳血流画像を評価する方法が普及し、より的確な診断が可能となりました。この脳血流SPECT検査は短時間で済みますし、患者さんの身体的な負担も少ない検査だと思います。早く見つけて適切な治療を受けることで健康寿命が延びたことはこれまでの医療の成果ですが、それを維持するには、さらに新しい診断・治療技術が必要であるとともに、患者さんに優しい検査法や治療法の開発も大切だと思います。

02. 核医学の可能性はまだまだある!

  • 竹内

    そうした医療の課題に対して、今後核医学はどのように貢献していけるのでしょうか。

  • 畑澤先生

    昔はX線写真で骨などを見る形態学的診断が中心でしたが、体内で何が起こっているのかを見る機能的診断法がこの30年の間に目覚ましく進歩しました。その中心が核医学です。たとえば、認知症の方の脳血流SPECT検査では、脳の働いていない部位が画像で見えるようになりました。アルツハイマー型認知症ではアミロイドβというタンパクの脳への蓄積が関与すると考えられていますが、その蓄積の程度を直接イメージングできるというところまできています。以前は患者さんが亡くなった後、つまり行き着いた先の脳の状態しか分からなかったことを考えると、これは画期的なことです。

  • 竹内

    生体内の情報が画像で得られるようになり、病気の進行の経過や治療の対象となる部位の特定などがだんだんと解明されてきました。

  • 畑澤先生

    現在、医学は特定の生体内分子が病気のもとになっているという前提で研究が進んでいます。ある生体内分子の何らかの作用に異常があれば、複数の臓器、たとえば脳と心臓と肝臓といったようにいろいろな臓器に症状が出ます。その分子を特定して、分子が作用する臓器でどのような作用を受けているのかを画像化することができるのが核医学です。

  • 竹内

    いわゆる分子イメージングと呼ばれる技術ですね。核医学は今まで血流の評価などの機能診断が特長といわれ、技術的な発展を遂げてきました。今後もこうした血流や代謝などの評価法として大きな役割を担うと思われますが、これからは受容体などの分子レベルの評価も重要なターゲットになってくると考えています。

  • 畑澤先生

    病気本体である分子の異常がイメージングできれば、その病気の重症度や予後などが明確になります。さらに、そこに作用する薬を作ることや、薬を投与した後の治療効果も評価できます。たとえばがん細胞の膜の表面に現れる抗原に特異的に結合する抗体を作り、放射性同位元素で目印をつけて画像を撮ると、どこにどんながんがあるかが非常によくわかりますし、同じ抗体を使って治療薬を開発することができます。

  • 竹内

    抗体医薬というのは、世の中にずいぶん出てきましたが、そこに放射性医薬品を織り込めば、検査・診断に加えて、核種を変えれば治療効果のある医薬品の開発が望めると思います。

    分子レベルのイメージングという点では、当社でも脳内の神経伝達物質であるドパミンの受容体に結合する放射性医薬品を開発しており、分子レベルで脳疾患を早期にあるいは確定的に診断する新たな事例になるのではないかと考えています。

  • 畑澤先生

    さらに核医学には、心理学や教育学など医療以外の分野でも活用できる可能性があり、私たちが今取り組んでいる研究が一つの事例ではないかと思います。それはFDG-PETで一卵性双生児の方の脳の画像を撮り、脳の機能を見るという研究なのですが、遺伝子が同じですから一卵性双生児の方の脳のブドウ糖の代謝は非常によく似ています。しかしながら、前頭葉の画像には一卵性双生児といえどもかなり違いがあります。この違いは遺伝子によるものではなく、環境とか教育などの生活歴や、病歴の違いが、私たちの脳の機能の発達に影響しているようだと分かってきました。つまり脳細胞の成長は100%遺伝によって決まるわけではないということです。ですから教育などの形で介入することで脳の機能はよくもできるし、反対に環境が悪ければ悪くもできる、このようなことがだんだん解明されてきました。さらに興味深いことに、一卵性双生児でも一人は認知症になり、もう一人はならなかったという例もありました。つまり、遺伝子は同じですので、どのような環境因子が認知症になるリスクを高めるのかを抽出できる可能性があるわけです。

  • 竹内

    非常に興味深いご研究ですね。病気の診断にとどまらず、脳機能の発達の解明やiPS細胞に代表される再生医療といった最先端の研究など、核医学が貢献できる可能性はまだまだありそうですね。実に夢のあるお話で、当社としましても先生方と一緒にそうした可能性の実現のために貢献できればと思っています。

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